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大学はもう死んでいる? トップユニバーシティーからの問題提起 (集英社新書)

, 苅谷 剛彦

によって 苅谷 剛彦
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内容紹介 なぜ大学改革は失敗し続けるのか――?オックスフォード大学の苅谷剛彦と東大の吉見俊哉が徹底討論!大学入試改革が混乱を極めているが、大学の真の問題はそこにあるのではない。日本の大学が抜け出せずにいる問題の本質に迫る刺激的な対論!【目次】(見出しは抜粋)第一章 問題としての大学東大が「蹴られる」時代/キャッチアップ型人材育成の限界/新自由主義と自己責任/問題発見型の学生はどうすれば育つか/世界の大学人が最重要視していること第二章 集まりの場としての教室 学部生のレベルはハーバードも東大も同じ/日本の学生が「世界一勉強しない」理由/オックスフォードの贅沢な仕組み/チームティーチングへの移行が鍵/教室の外にあった学びの場/世界中の大学で同時発生している問題第三章 社会組織としての大学疲弊する若手教員たち/大学が生き残る二つの道/大学の中にある「村の寄り合い」/前例主義は覆せるのか第四章 文理融合から文理複眼へ文系学部廃止論とはなんだったのか/文系こそが「役に立つ」/文系を軽視する日本社会の陥穽/微分的思考の理系と積分的思考の文系/AIは人間にとって代われない第五章 グローバル人材―グローバリゼーションと知識労働本気が感じられない「スーパーグローバル大学」/グローバル人材で必要とされる本当の能力/東大独自のグローバルリーダー育成プログラム/補助金の計画主義から実績主義への転換第六章 都市空間としての大学―キャンパスとネット学生生活の始まりと終わりを儀式化する/大学とメディアのねじれた関係/日本の知が世界レベルだった半世紀/日本の知を誰が背負うのか【著者プロフィール】苅谷剛彦(かりやたけひこ)●1955年東京都生まれ。オックスフォード大学教授。専門は社会学、現代日本社会論。著書に、『追いついた近代 消えた近代―戦後日本の自己像と教育』ほか多数。吉見俊哉(よしみしゅんや)●1957年東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。専門は、社会学、都市論、メディア論など。著書に、『大学とは何か』『「文系学部廃止」の衝撃』ほか多数。 内容(「BOOK」データベースより) 今、大学は歴史的に見ても大きな変革期にある。世界の多くの大学が、いわば瀕死の状態に陥っており、とりわけ日本の大学が抱える問題は根が深い。幾度となく改革が試みられるものの、ほとんど成果が上がらないのはなぜなのか。本書では、オックスフォード大学教授の苅谷剛彦と、ハーバード大学でも教えた経験のある東京大学大学院教授の吉見俊哉が、それぞれの大学を比較し、日本のトップレベルの大学が抜け出せずにいる問題の根幹を、対論を通じて浮かび上がらせる。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 苅谷/剛彦 1955年、東京都生まれ。オックスフォード大学教授。専門は社会学、現代日本社会論 吉見/俊哉 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。専門は、社会学、都市論、メディア論など(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
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オックスフォードと東大で教える大学教員の対話型の問題提起である。日本では現在、最優秀の学生が東大を滑り止めで受験し、第一志望を欧米の大学にしていると言う。憂うべき事態の到来に何を考えねばならないか?二人の議論を読むと、社会のニーズに応える大学像が見えてくる。それはいつでもそうであろう。しかし、日本における大学のあり方の中で改革を見据えていかなければならない。①実用性のみを尺度に人文・社会科学系学部の統廃合や縮小を求める政府の対応にしっかりノーと言える改革が必要なのだ。②欧米の大学と日本の大学はコンセプトが異なる。欧米のマネをしているだけでは改革は実現しない。③例えば、日本の大学は現在、学問の府としての機能を果たしているのだろうか?本を一冊も読まないで卒業していく学生も多い。論文もほとんど読まないし、卒業論文もろくな内容のものを書いていない。これでは単なる大卒という肩書きしかない。④何を学び、いかなる能力を身につけたのかが問われるべきである。西洋の歴史や哲学を専門に学んだ学生が、一冊の歴史書も哲学書も読まないで卒業していくのであれば、入学する意味はない。英語やドイツ語を学び、カントをドイツ語で読めるくらいの技能を大学教員は学生に伝授すべきである。哲学科の哲学演習と言えば、ドイツ語や英語でカントやヒュームを読むのである。本や論文の読み方を教えるのが教員の仕事である。論文の書き方を指導するのもそうだ。つまり、教員が学生に指導するのは学問・研究の仕方なのである。これを技能と考えても良い。⑤リベラル・アーツこそ大学の役割である。人文・社会・自然三分野に関するバランスのとれた知識・理解・教養を重視し、本書が指摘しているような、文系・理系にまたがる複眼的思考の育成する。大学は企業や社会におもねる必要はない。本物の大学教育を取り戻して欲しい。今後の大学教育のあり方を考えるために、参考になる本だ。

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